全国地方公共団体コード |
ID |
地方公共団体名 |
名称 |
名称_カナ |
名称_通称 |
名称_英語 |
文化財分類 |
種類 |
場所名称 |
所在地_全国地方公共団体コード |
町字ID |
所在地_連結表記 |
所在地_都道府県 |
所在地_市区町村 |
所在地_町字 |
番地 |
建物名等(方書) |
緯度 |
経度 |
高度の種別 |
高度の値 |
電話番号 |
内線番号 |
連絡先メールアドレス |
連絡先FormURL |
連絡先備考(その他、SNSなど) |
郵便番号 |
員数(数) |
員数(単位) |
法人番号 |
所有者等 |
文化財指定日 |
利用可能曜日 |
開始時間 |
終了時間 |
利用可能日時特記事項 |
画像 |
画像_ライセンス |
概要 |
概要_英語 |
説明 |
説明_英語 |
URL |
備考 |
優先駐車場 |
オストメイト対応トイレ |
授乳室 |
おむつ替えコーナー |
飲食可否 |
ベビーカー貸出 |
ベビーカー利用 |
URL |
画像 |
画像ライセンス |
備考 |
310000 |
TP3100000010 |
鳥取県 |
絹本著色普賢菩薩像 |
ケンポンチャクショクフゲンボサツゾウ |
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国宝 |
国指定の絵画 |
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31328 |
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鳥取県八頭郡智頭町新見 |
鳥取県 |
八頭郡智頭町 |
新見 |
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1952-11-22 |
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豊乗寺は寺伝に嘉祥年間(848〜851)開基とされる。本図は、象の背に置かれた五重蓮華座に結跏趺坐して合掌しながら行者の前に近づく普賢菩薩の姿が、優美な技法で描かれている。藤原時代三普賢の一つとされ、描法、色彩、加飾のいずれも出色のもので、我が国を代表する仏画である。縦102.4cm、横52.1cm。平安時代後期の作と推定される。 |
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https://www1.town.chizu.tottori.jp/chizu/kyouiku/27/bunkazai/ |
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310000 |
TP3100000020 |
鳥取県 |
伯耆一宮経塚出土品 |
ホウキイチノミヤキョウヅカシュツドヒン |
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国宝 |
国指定の考古資料 |
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31370 |
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鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内 |
鳥取県 |
東伯郡湯梨浜町 |
宮内 |
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1953-03-31 |
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大正4年(1915)、伯耆一宮経塚から銅経筒、金銅仏、銅鏡、檜扇、短刀、刀子、玉類、銅銭、漆器などが出土した。このうち、経筒の筒身の全面に、15行236文字にわたり願文が刻まれており、康和5年(1103)の銘がある。金銅観音菩薩立像(全高21.5cm)も優品である。これらから、経塚がこの時期極楽往生、現世利益の祈願を目的としていたことがよくうかがわれ、平安後期の埋納供養を考察する上で貴重である。 |
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310000 |
TP3100000030 |
鳥取県 |
絹本著色普賢十羅刹女像 |
ケンポンチャクショクフゲンジュウラセツニョゾウ |
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重要文化財 |
国指定の絵画 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市行徳 |
鳥取県 |
鳥取市 |
行徳 |
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1904-02-18 |
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本図は、合掌の普賢菩薩を乗せた白象が、仏法擁護の四天王2人の先導で、後を振返りつつ歩く姿を描いている。中央後ろと最後尾には菩薩が従い、その間に10人の唐装束の羅刹女が立つ賑やかな構図となっている。図が写実的で、普賢と十羅刹女が一図に配されていること、着衣、装身具などに七宝、雷文など切金文様が多用されていることから、鎌倉時代後期の作と推定される。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000040 |
鳥取県 |
絹本著色楊柳観音像 |
ケンポンチャクショクヨウリュウカンノンゾウ |
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重要文化財 |
国指定の絵画 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市東町2丁目124番地鳥取県立博物館 |
鳥取県 |
鳥取市 |
東町2丁目 |
124番地 |
鳥取県立博物館 |
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1904-02-18 |
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縦106cm、横54.6cm。楊柳観音は病苦を救う三十三観音の第一に数えられるもので、右手に楊枝を持つのが普通だが、本図の観音は岩によりかかり両手で膝を抱え、楊柳は左端の宝瓶に小さく描かれるなどの特徴がある。また、金彩色を多く使用し、流麗豊満で全体に人間味を持つのも特色である。遺品の少ない元代仏画の作例として注目される一幅である。 |
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https://www1.town.chizu.tottori.jp/chizu/kyouiku/27/bunkazai/ |
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310000 |
TP3100000050 |
鳥取県 |
梵鐘 |
ボンショウ |
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重要文化財 |
国指定の工芸品 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市上町 |
鳥取県 |
鳥取市 |
上町 |
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1982-06-05 |
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総高125.1cm、口径75.5cmの鋳銅製。鐘身はゆるやかな曲線で広がり、中帯からはほぼ垂直に下っている。丈が高く、スマートで優美な名鍾である。撞座の位置が高く、太いたてがみを立てた龍頭の意匠などに奈良時代の様式を伝えているが、乳の間に内郭を設けていることと、大らかな姿をしていることから、平安時代前期の作と推定され、本県所在の梵鐘としては最古のものである。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000060 |
鳥取県 |
短刀銘 備州長船住兼光 附 金熨斗付合口拵 |
タントウ |
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重要文化財 |
国指定の工芸品 |
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31202 |
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鳥取県米子市尾高 |
鳥取県 |
米子市 |
尾高 |
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1912-09-03 |
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津和野藩主亀井茲政の寄進。長さ24.8cm、幅2.3cm。備州長船住兼光の銘がある。鎌倉時代末期か南北朝時代の作と推定される。また、金熨斗造(柄、鞘とも金の延金の合口。鍔のない作り)の外装は美しく、柄の目貫きは法輪二つの彫刻物で、刀の品格にふさわしい。 |
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https://www.city.yonago.lg.jp/8420.htm |
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310000 |
TP3100000070 |
鳥取県 |
楽焼黒茶碗[東陽坊]長次郎作 |
ラクヤキクロチャワン[トウヨウボウ]チョウジロウサク |
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重要文化財 |
国指定の工芸品 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三朝 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三朝 |
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1962-06-21 |
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楽焼茶碗の名工初代長次郎の作品から、千利休が名作と思われるもの7個を選んだとされる長次郎茶碗7種の一つで、茶道界では古来有名な茶碗である。利休の弟子で、黒谷の僧、東陽坊が愛用した。口径12.3cm、高さ8.5cm。見込は、大変素朴で懐が広く、茶溜りは古典的な形である。作行から天正13年(1585)以前の作といわれる。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000080 |
鳥取県 |
銅鏡 長徳三年九月二十日云々の文あり |
ドウキョウ |
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重要文化財 |
国指定の工芸品 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三徳1010番地三徳山宝物館 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三徳 |
1010番地 |
三徳山三佛寺宝物殿 |
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1904-02-18 |
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本鏡は、直径27.8cm、厚さ0.6cmの白銅製。裏面に流麗豊満な2羽のオウムが花をくわえて中央の紐を回転している姿が鋳出されている鸚鵡華文鏡(鸚鵡華綬鏡)である。さらに、鏡面に非常に精緻な胎蔵界の曼荼羅と長徳3年(997)の紀年銘をもつ銘文が毛彫されていることが特徴で、工芸的価値が高い。鏡自体は、奈良時代か中国唐末期の作と考えられており、伝世の後、曼荼羅と銘文を彫って奉納したものと推定される。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000090 |
鳥取県 |
鉄製厨子附祈願文鏤刻ノ鉄板三枚、鉄造地蔵菩薩ノ頭部 |
テツセイズシ |
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重要文化財 |
国指定の工芸品 |
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31386 |
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鳥取県西伯郡大山町大山9番地大山寺宝物館霊宝閣 |
鳥取県 |
西伯郡大山町 |
大山 |
9番地 |
大山寺宝物館霊宝閣 |
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1904-02-18 |
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大山寺に伝わる鉄製の厨子。もと4枚あった鉄板は、数度の火災により3枚が残るだけである。鉄板に鏤刻された祈願文に、承安元年(1171)7月28日大山寺が火災に遭い、翌年、紀成盛が地蔵尊と厨子を鋳造し、宝殿を建立寄進したとあり、史料的価値も高い。厨子は高さ72.7cm、胴の径41cm、円筒形で傘状屋根の上に火炎付宝珠がつく。 |
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310000 |
TP3100000100 |
鳥取県 |
子持勾玉 |
コモチマガタマ |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市東町2丁目124番地鳥取県立博物館 |
鳥取県 |
鳥取市 |
東町2丁目 |
124番地 |
鳥取県立博物館 |
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1963-02-14 |
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子持勾玉とは、大型の勾玉の背や腹に数個の小さな勾玉を付けたもので、祭器と推定される古墳時代中期の遺物。明治41年(1908)、湯梨浜町高辻で畑地開墾中に発見された。高さ6.6cm、長さ10.6cm、幅9.2cm。滑石製で2つの子持勾玉を重ね合わせた特異な形をしており、背・側面・腹に合計16個の子を持っている。極めて精巧でよく研磨されており、古墳時代の祭祀の形態を考える上で貴重である。 |
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310000 |
TP3100000110 |
鳥取県 |
伯耆国分寺古墳出土品 |
ホウキコクブンジコフンシュツドヒン |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市国府 |
鳥取県 |
倉吉市 |
国府 |
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1959-06-27 |
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前方後円墳と推定される古墳の後円部中央が大正11年(1922)に掘り返された際に、粘土槨の主体部が発見され、中からき鳳鏡・三角縁神獣鏡・二神二獣鏡の3面の中国鏡と鉄器類が出土した。出土品と埋葬施設から、本古墳が東伯耆における前方後円墳出現期の古墳の埋葬形態及び被葬者の政治的背景を考える上で貴重な資料である。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4308.htm#02 |
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310000 |
TP3100000120 |
鳥取県 |
子持壷形須恵器、脚付子持壷形須恵器 |
コモチツボガタスエキ、アシツキコモチツボガタスエキ |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市仲ノ町3445-8番地倉吉博物館・倉吉歴史民俗資料館 |
鳥取県 |
倉吉市 |
仲ノ町 |
3445-8番地 |
倉吉博物館・倉吉歴史民俗資料館 |
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1985-06-06 |
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国府川と北谷川にはさまれた丘陵の先端部に位置し、昭和57年(1982)に行われた発掘調査などで、土壙内から5列に整然と並べられ、樹立した状態で出土した。6世紀後半の所産と考えられ、信仰に関連して用いられた祭器、儀器としての様相を伝えるとともに、地域性の強い特徴をもった特異な土器群の一括として学術的価値が高い。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4315.htm#00 |
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310000 |
TP3100000130 |
鳥取県 |
鳥取県野口1号墳出土須恵器 |
トットリケンノグチ1ゴウフンシュツドスエキ |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市仲ノ町3445-8番地倉吉博物館・倉吉歴史民俗資料館 |
鳥取県 |
倉吉市 |
仲ノ町 |
3445-8番地 |
倉吉博物館・倉吉歴史民俗資料館 |
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1994-06-28 |
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前方後円墳の周溝、周溝内土壙からの出土品で、3個の装飾須恵器を中心とする一括品。器台の形を残したまま壷と合体した装飾須恵器1個は、類例が少なく、描かれる狩猟と相撲の場面は、この時代の風俗を具体的に示している。胎土・形態などから装飾須恵器の3個は、セットとして製作、供献されたものと考えられる。須恵器を用いた古墳の墓前祭祀の様子を知る上で極めて良好な資料である。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4315.htm#01 |
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310000 |
TP3100000140 |
鳥取県 |
鳥取県栗谷遺跡出土品 |
トットリケンクリタニイセキシュツドヒン |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市上町88番地鳥取市歴史博物館 |
鳥取県 |
鳥取市 |
上町 |
88番地 |
鳥取市歴史博物館 |
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1994-06-28 |
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福部砂丘の後背地に立地する栗谷遺跡から、平成元年(1989)と翌2年(1990)の発掘調査により出土した、縄文時代後期の木工品である杓子を含む一括資料。縄文時代の木製杓子は全国的に類例が少なく、植物繊維を使った編物類などとともに、縄文時代における木工技術の水準の高さを知ることのできる良好な一括資料として価値が高い。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000150 |
鳥取県 |
伯耆長瀬高浜遺跡出土埴輪 |
ホウキナガセタカハマイセキシュツドハニワ |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31370 |
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鳥取県東伯郡湯梨浜町はわい長瀬長瀬高浜遺跡出土埴輪収蔵庫 |
鳥取県 |
東伯郡湯梨浜町 |
はわい長瀬 |
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長瀬高浜遺跡出土埴輪収蔵庫 |
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1986-06-06 |
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昭和55年(1980)、長瀬高浜遺跡の北西隅の土壙中から出土した古墳時代中期(5世紀頃)の埴輪群。甲冑、家、盾、蓋、鞆などの形象埴輪、円筒埴輪、朝顔形埴輪約7,000点を数え、出土状況から、集落内の祭祀に関わるものか、製作した埴輪が貯蔵されたものと推定されている。山陰地方の埴輪群で最もまとまった一括資料で、つくりに地域的な特徴をよく示しており、古墳文化の究明に欠かせない資料である。 |
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310000 |
TP3100000160 |
鳥取県 |
三角縁神獣鏡 鳥取県西伯郡会見町普段寺1号墳出土 |
サンカクブチシンジュウキョウ |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市東町2丁目124番地鳥取県立博物館 |
鳥取県 |
鳥取市 |
東町2丁目 |
124番地 |
鳥取県立博物館 |
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1987-06-06 |
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普段寺1号墳は全長23mの前方後方墳。直径23.5cmのこの鏡は、中国製とされる三角縁神獣鏡で、内区に神仙思想を表現する二神二獣が表現され、その外側の銘帯に21文字の銘文、さらにその外側に唐草文が鋳出されている。同笵の鏡が島根県大成古墳など3ヶ所でみつかっている。三角縁神獣鏡の一基本形で、古墳文化の実態を見る上で欠かせない貴重な資料として学術的価値が高い。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000170 |
鳥取県 |
石製鴟尾 |
セキセイシビ |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31390 |
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鳥取県西伯郡伯耆町大殿 |
鳥取県 |
西伯郡伯耆町 |
大殿 |
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1959-12-18 |
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鴟尾は、古代の瓦葺宮殿・仏殿の屋根の両端に取り付けた飾りであり、この石製鴟尾は、白鳳時代創建と推定される大寺廃寺のものと考えられている。高さ約1m、幅45cmで、鰭が10段に刻まれている。鴟尾は瓦質製のものが一般的で、石製のものは、このほかに群馬県山王廃寺のものが知られるのみである。 |
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https://www.houki-town.jp/new2/5/3/4/ |
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310000 |
TP3100000180 |
鳥取県 |
石馬 |
イシウマ |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31202 |
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鳥取県米子市淀江町福岡1016番地天神垣神社 |
鳥取県 |
米子市 |
淀江町福岡 |
1016番地 |
天神垣神社 |
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1959-12-18 |
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体長150cm、高さ53cm。大山から産出される角閃安山岩の丸彫りによる馬の像である。制作は古墳時代後期と考えられる。前脚は失われているが、後脚は最近補修された。鞍、手綱など馬具の着装状態が明瞭である上、たてがみ、顔ともに馬の特徴をよくとらえている。また、一部には赤色顔料が残り、当初は彩色されていた可能性がある。近世には、「石馬大明神」として祀られ、現在は天神垣神社境内の収蔵庫に展示されるが、古くは近くの石馬谷古墳(6世紀後半の前方後円墳)そばに立てられていた。石人、石馬は北西九州の古墳から多く出土する。この石馬は、本州では唯一のもので、古墳時代の九州と当地域の交流を考える上で貴重な資料とされる。 |
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https://www.city.yonago.lg.jp/8420.htm |
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310000 |
TP3100000190 |
鳥取県 |
紙本金字法華経巻第二、第四 |
シホンキンジホケキョウカンダイニ、ダイヨン |
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重要文化財 |
国指定の書跡 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市立川町 |
鳥取県 |
鳥取市 |
立川町 |
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1942-06-26 |
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大雲院は慶安3年(1650)に鳥取東照宮別当寺院として創建され、藩士、藩民から寄進された寺宝が多い。本品も日野郡の豪農緒形四郎兵衛の寄進と伝わる。巻第四に表紙を残し、紺紙に金泥で蓮華を線描し、見返しに銀切箔・砂子を散らす。巻第二とともに軸頭に円筒金具をかぶせ、一行17字の美しい金字で筆写されている。伏見天皇の消息(正和年間)がある料紙を用いた反古経で、資料的価値も高い。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000200 |
鳥取県 |
木造阿弥陀如来坐像 |
モクゾウアミダニョライザゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市桜 |
鳥取県 |
倉吉市 |
桜 |
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1922-04-13 |
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大日寺は寺伝に承和8年(841)円仁の開基とされる。本像は、像高1.15mの漆箔像で、面、耳たぶにかすかに金箔が残る。檜材の寄木造りで、頭部前面と胸部を共木としている。この像が貴重なのは、嘉禄2年(1226)の胎内銘があることで、その作風から、中央の仏師の作と推定されている。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4315.htm#03 |
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310000 |
TP3100000210 |
鳥取県 |
木造持国天立像 木造増長天立像 |
モクゾウジコクテンリュウゾウ モクゾウゾウチョウテンリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市長谷 |
鳥取県 |
倉吉市 |
長谷 |
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1923-03-28 |
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本寺はもと観音堂といい、周辺字名からかつては広い寺域をもっていたものと推定される。両像とも約106cm。一木造り、彫眼の像で、持国天は口を結び左手を高くかかげ、右手を腰に当て、増長天は口を開いて右手を上げ、左手を腰に取るが、ともに両手先を欠いている。刀法は鋭くて深く、甲の作りもよい。2像とも藤原末期の作と考えられる佳作だが、盗難にあい、現在、所在不明となっている。 |
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310000 |
TP3100000220 |
鳥取県 |
木造薬師如来及び両脇侍坐像 |
モクゾウヤクシニョライオヨビリョウワキジザゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市国府町松尾 |
鳥取県 |
鳥取市 |
国府町松尾 |
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1912-09-03 |
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薬師如来は像高122cm。頭と体部を檜の一木で彫っており、漆箔像で蓮弁裏などに金箔が多く残る。脇侍日光菩薩は像高99cm。漆箔像で本尊とも膝が深いことが特色である。本尊、両脇侍とともに平安時代後期の作だが、地方作のためか古風な趣きのある仏像である。特に、流麗な八重蓮華座を完備した薬師三尊像として著名である。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000230 |
鳥取県 |
木造吉祥天立像 |
モクゾウキッショウテンリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市国府町松尾 |
鳥取県 |
鳥取市 |
国府町松尾 |
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1912-09-03 |
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像高120cm。桂の一木造りだが、左手首先などは後補による別材。製作は薬師三尊と同じく平安時代後期とされる。面相は豊満、流麗だがやや量感に欠ける。衣文の作りは簡素である。部分的に白土が残ることから、もとは彩色像だったと考えられる。 |
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310000 |
TP3100000240 |
鳥取県 |
木造持国天立像一[胎内に正安三年正月廿五日の銘あり]木造多聞天立像一 |
モクゾウジコクテンリュウゾウイチ モクゾウタモンテンリュウゾウイチ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31329 |
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鳥取県八頭郡八頭町下門尾 |
鳥取県 |
八頭郡八頭町 |
下門尾 |
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1923-03-28 |
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青龍寺は城光寺(古くは淨光寺)ともよばれ、旧寺域は現在地の西北山中とされる。両像とも台座を含め100cm、寄木造りの彩色像である。技法は荒いが、地方作として素朴である。持国天には、正安3年(1301)辛丑正月25日仏師隆円の胎内銘があり、鎌倉時代末の作。多聞天は右手を下げ掌を上にして宝塔(亡失)を捧げる特異な形である。 |
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310000 |
TP3100000250 |
鳥取県 |
木造毘沙門天立像 |
モクゾウビシャモンテンリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31328 |
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鳥取県八頭郡智頭町新見 |
鳥取県 |
八頭郡智頭町 |
新見 |
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1920-08-16 |
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本像は、像高66cm、桧材の寄木造り。両肩、両手首を矧ぎつけ、頭部、両足は作りだし、体幹部は頭、体部を通じて前後に矧ぎつけ、内刳をつくっている。髪は垂髪、毛筋はまばら彫り、彫眼で、唐様甲をつける。左腕をまげて宝塔を捧げているが、塔は亡失している。全体としてまとまっており、唐様甲などの刀法も深くあざやかである。平安時代後期の作と推定される。 |
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https://www1.town.chizu.tottori.jp/chizu/kyouiku/27/bunkazai/ |
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310000 |
TP3100000260 |
鳥取県 |
木造聖観音立像[観音堂安置] |
モクゾウショウカンノンリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三徳1010番地三徳山宝物館 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三徳 |
1010番地 |
三徳山三佛寺宝物殿 |
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1920-04-15 |
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観音堂の本尊で、像高167cm。檜の一木造りで、彩色などを施さない素木造りのようである。左右の手は後補。繊細な表現で平安時代末期の作と推定されている。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000270 |
鳥取県 |
木造蔵王権現立像 七躯 |
モクゾウザオウゴンゲンリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三徳1010番地三徳山宝物館 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三徳 |
1010番地 |
三徳山三佛寺宝物殿 |
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1920-04-15 |
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桧の一木造りである。もと彩色像で、部分的に白地や赤色の模様が残っている像もある。総じて太づくりで、一般の蔵王権現が動的であるのに対し静的で、地方色の素朴さをもつ。一堂に多くの蔵王権現があるのは珍しく、平安時代末期の作と推定される。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000280 |
鳥取県 |
木造蔵王権現立像[奥之院安置]附紙本墨書仁安三年造立願文一巻 |
モクゾウザオウゴンゲンリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三徳1010番地三徳山宝物館 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三徳 |
1010番地 |
三徳山三佛寺宝物殿 |
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1904-02-18 |
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蔵王権現は平安時代、悪魔降伏の神として大いに尊崇された密教の神で、修験道の祖役行者が吉野金峰山で感得したとされることから、三仏寺の投入堂の本尊にふさわしい。像高115cm、桧材の寄木造。左手剣印、右手三鈷は失われている。神秘的なうちにも、動勢の誇張がなく、刀法もおだやかで平安時代(藤原文化)の特徴をもつ。日本の蔵王権現の中でも最古に近い優秀な作品である。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000290 |
鳥取県 |
木造地蔵菩薩半跏像 |
モクゾウジゾウボサツハンカゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市関金宿 |
鳥取県 |
倉吉市 |
関金宿 |
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1979-06-06 |
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この地蔵菩薩は「関の地蔵さん」と呼ばれて広く庶民の信仰を集めたもので、像内墨書に、建久3年(1192)、源頼朝の家人佐々木四郎高綱が奉行となり造立したことを伝える。像高344.4cm。寄木造りで材は桧。体部を覆う衲衣の彫りや、胸から腹にかけての筋肉の表現に鎌倉時代の特色がよく示されている。地方に残る中央の作風をもつ地蔵菩薩像としては屈指の大きさである。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4315.htm#03 |
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310000 |
TP3100000300 |
鳥取県 |
木造千手観音立像、木造十一面観音立像 |
モクゾウセンジュカンノンリュウゾウ、モクゾウジュウイチメンカンノンリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31372 |
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鳥取県東伯郡北栄町東高尾 |
鳥取県 |
東伯郡北栄町 |
東高尾 |
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1942-12-22 |
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両像とも桧の一木造りで、内刳なく、もとは漆箔像と推定される。地方色の中に中央的な洗練された刀法をもつ仏師の作と考えられ、平安期の特徴をよく示す。千手観音立像は像高190cm。細めの長身で衣文も柔らかく、翻波式の名残をとどめる刀法は優秀である。また、この十一面観音立像は当寺に4体ある十一面観音のうち最も保存がよい。像高約160cm。面相は円満優美、胸部の肉つきも豊満艶麗である。 |
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https://www.e-hokuei.net/5303.htm |
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310000 |
TP3100000310 |
鳥取県 |
銅造観世音菩薩立像[一躯] |
ドウゾウカンゼオンボサツリュウゾウ[イック] |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31386 |
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鳥取県西伯郡大山町大山9番地大山寺宝物館霊宝閣 |
鳥取県 |
西伯郡大山町 |
大山 |
9番地 |
大山寺宝物館霊宝閣 |
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1903-04-15 |
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像高27.3cm。丸吹きで三面の宝冠を戴き、垂下させた左手に宝珠を持つ。装飾に乏しいが、胸飾りの瓔珞や花文の彫りが美しい。面相は頬ぶくれのした豊満なもので、口がやや大きいなど特徴のある表情である。像全体からすれば頭部がやや大きい。百済金銅像に似ているが、白鳳仏と考えられている。 |
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310000 |
TP3100000320 |
鳥取県 |
木造阿弥陀如来及び両脇侍像 |
モクゾウアミダニョライオヨビリョウワキジゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31386 |
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鳥取県西伯郡大山町大山69番地大山寺阿弥陀堂 |
鳥取県 |
西伯郡大山町 |
大山 |
69番地 |
大山寺阿弥陀堂 |
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1903-04-15 |
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阿弥陀堂の本尊として祀られている丈六の阿弥陀三尊像。中尊阿弥陀如来は像高279cm、膝張215cm。脇侍の観音菩薩は像高270cm、勢至菩薩は像高263cm。いずれの像も桧材を用い、内刳りがしてある。中尊阿弥陀如来の胎内に墨書銘があり、天承元年(1131)3月から6月にかけての仏師良円の作であることがわかる。山陰地方を代表する平安時代後期のいわゆる定朝様式の優れた作品である。 |
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310000 |
TP3100000330 |
鳥取県 |
銅造十一面観音立像 |
ドウゾウジュウイチメンカンノンリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31386 |
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鳥取県西伯郡大山町大山9番地大山寺宝物館霊宝閣 |
鳥取県 |
西伯郡大山町 |
大山 |
9番地 |
大山寺宝物館霊宝閣 |
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1903-04-15 |
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大山寺には奈良時代前期の金銅仏3体があり、その創建の古さをうかがわせる。本像は像高22.7cm、台座も含めて28.6cmの丸吹き(全体をあわせて一度に鋳造した仏像)である。度重なる火災で損傷が著しく、天衣の下半の文様、両手の形などが明瞭でないが、面相などに素朴な美しさをもつ。 |
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310000 |
TP3100000340 |
鳥取県 |
銅造観世音菩薩立像[二躯] |
ドウゾウカンゼオンボサツリュウゾウ[ニク] |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31386 |
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鳥取県西伯郡大山町大山9番地大山寺宝物館霊宝閣 |
鳥取県 |
西伯郡大山町 |
大山 |
9番地 |
大山寺宝物館霊宝閣 |
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1904-02-18 |
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大山寺に伝わる銅造観世音菩薩立像3体のうちの2体。一方は像高32cm、数度の火災で顔面が損傷し、両手を欠損している。その様式等から奈良時代の作と推定される。他方は像高37.1cm、損傷は少なく、精巧で豊かな装飾が施されており、様式等から北宋代の渡来仏とみられている。 |
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310000 |
TP3100000350 |
鳥取県 |
木造不動明王立像 |
モクゾウフドウミョウオウリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31402 |
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鳥取県日野郡日野町下榎 |
鳥取県 |
日野郡日野町 |
下榎 |
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1942-12-22 |
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本像は、内刳りをもつ桧材の寄木造りで、像高161cmの彩色像。光背、台座はない。技法では、巻髪が大つぶで派手なこと、花冠の花飾りが美しいことなどの特徴があり、全体として豊満にでき、量感に富んでおり、平安時代後期の作と推定されている。 |
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310000 |
TP3100000360 |
鳥取県 |
木造薬師如来及び両脇侍像 |
モクゾウヤクシニョライオヨビリョウワキジゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31402 |
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鳥取県日野郡日野町下榎 |
鳥取県 |
日野郡日野町 |
下榎 |
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1920-04-15 |
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長楽寺は、寺伝に平安時代創建とされ、文治年間(1185〜90)に配流された長谷部信連が現在地の近くに再興した。本例は、薬師如来(像高130cm)の左右に日光菩薩、月光菩薩(ともに像高170cm)を配した薬師三尊像で、内刳りのある桧材の寄木造りである。漆箔はほぼ剥離しているが、像自体の保存はよい。三尊とも肉身は豊満、天衣は流麗で、三尊の姿態の調和が美しく、平安時代後期の作と推定される。 |
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310000 |
TP3100000370 |
鳥取県 |
木造毘沙門天立像 |
モクゾウビシャモンテンリュウゾウ |
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重要文化財 |
国指定の彫刻 |
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31402 |
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鳥取県日野郡日野町下榎 |
鳥取県 |
日野郡日野町 |
下榎 |
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1920-04-15 |
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本像は、像高135cmの彩色像で、内刳りされた桧材の寄木造りである。頭に別材で作った兜をかぶり、腹部に獅噛をつけ、甲を着る。左手に宝塔をささげ、全体の重心をやや左にかけ気味に夜叉を踏まえる姿は堂々とした迫力を示す。また、細部の彫刻技法も精巧を極めており、平安時代後期に位置付けられる毘沙門天像の傑作とされる。 |
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310000 |
TP3100000380 |
鳥取県 |
三仏寺奥院[投入堂] |
サンブツジオクノイン[ナゲイレドウ] |
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国宝 |
国指定の建造物 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三徳 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三徳 |
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1904-02-18 |
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慶雲3年(706)、役行者が白雲に乗じてこの峰に来り、神窟を開き、法力を持ってこの堂宇を投げ入れたと伝えられる。山岳仏教の代表的な建造物である。堂の主屋は、桁行2間、梁間1間の切妻桧皮葺きの木造建築。千尋の断崖に臨む岩窟内の懸造と床下の大胆な工法で天下の奇構といわれる。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000390 |
鳥取県 |
樗谿神社 |
オウチダニジンジャ |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市上町 |
鳥取県 |
鳥取市 |
上町 |
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1952-07-19 |
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鳥取藩主池田光仲が日光東照宮の分霊を勧請し、慶安3年(1650)に完成。大工は日光東照宮を手がけた幕府お抱えの棟梁藤原義久ら。本殿は、桁行3間、梁間2間の入母屋造、檜皮葺きで、周囲に石玉垣をめぐらしている。本殿前には、平唐門の中門を設け、拝殿と幣殿は凸形につながり、入母屋造、柿葺きとなっている、総けやき造。桃山期の手法をよく示し、江戸時代前期の代表的な神社建築として価値が高い。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000400 |
鳥取県 |
仁風閣 |
ジンプウカク |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市東町 |
鳥取県 |
鳥取市 |
東町 |
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1973-06-02 |
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仁風閣は、明治40年(1907)、皇太子の山陰道行啓の宿舎として、旧鳥取藩主池田仲博によって建築された。設計は片山東熊、監督は橋本平蔵である。行啓に随行した東郷平八郎によって仁風閣と命名された。ルネッサンス様式を基調とした均整の取れた風格ある白亜の洋風建築で、全体の意匠が優れている。山陰地方における数少ない明治洋風建築として貴重なものである。昭和49〜51年にわたって復原修理された。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000410 |
鳥取県 |
福田家住宅 |
フクタケジュウタク |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市紙子谷 |
鳥取県 |
鳥取市 |
紙子谷 |
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1974-02-05 |
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福田家は、中世の土豪を祖とすると伝わり、江戸時代には代々津ノ井村の庄屋や法美郡の宗旨庄屋を勤めた旧家である。主屋は、16世紀末〜17世紀前半に建築されたと推定される県内最古の住宅建築である。現在は改変されているが、建築当初は桁行7間半、梁間4間の三間取り広間型となる。屋根は入母屋造、茅葺き。柱は荒い手斧仕上げの曲り材を用いている。構造に忠実な柱配りや、構架材に比べて柱が太く安定している点に特徴がある。宅地内には、主屋の他にも文政年間に建築された上の蔵、下の蔵、石垣・塀などが良好に残され、主屋と一体となって趣のある屋敷構えを形成しており、江戸時代の上層農家の歴史を伝える遺構として重要である。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000420 |
鳥取県 |
後藤家住宅 |
ゴトウケジュウタク |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31202 |
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鳥取県米子市内町 |
鳥取県 |
米子市 |
内町 |
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1974-02-05 |
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後藤家は廻船問屋を営んでいた商家。旧加茂川に北面して二番蔵、味噌蔵、主屋を土塀でつなぎ、二番蔵の南には一番蔵が並び建つなど、江戸時代の大規模な商家の構えをよく残し、価値が高い。建物の配置は附指定の家相図とも一致する。このうち、主屋は宝暦3年(1753)の建築で、間口12間、奥行9間。6室の見世部分「表構」と、居住部分「勝手構」、公的な「座敷構」に分けられる。 |
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https://www.city.yonago.lg.jp/8420.htm |
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310000 |
TP3100000430 |
鳥取県 |
長谷寺本堂内厨子 |
ハセデラホンドウナイズシ |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市仲ノ町 |
鳥取県 |
倉吉市 |
仲ノ町 |
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1988-12-19 |
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長谷寺は打吹山の中腹にある天台宗の寺。厨子は本尊十一面観世音菩薩を奉り、桁行1間、梁間1間、入母屋造、柿葺きの大型の禅宗様厨子である。扉構えまぐさ材の裏板に天正4年(1576)の墨書を有するが、各部に室町時代後期の様式を示している。屋根葺材など主要部分に当初材を残し、山陰地方における室町時代後期に属する数少ない建築遺構として貴重である。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4296.htm#00 |
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310000 |
TP3100000440 |
鳥取県 |
矢部家住宅 |
ヤベケジュウタク |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31329 |
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鳥取県八頭郡八頭町用呂 |
鳥取県 |
八頭郡八頭町 |
用呂 |
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1974-02-05 |
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矢部家は、江戸時代に大庄屋を勤めた旧家。17世紀初期に建てられたものと推定され、古式を残す県下を代表する民家建築である。主屋は桁行11間、梁間5間で、規模も大きく格調高い。また、宅地も江戸時代の大庄屋にふさわしい規模をもち、家相図ともよく一致し、主屋とともに一体的な価値を形成している。全体として、当時の上層農家の住宅を理解する上で貴重である。 |
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310000 |
TP3100000450 |
鳥取県 |
不動院岩屋堂 |
フドウインイワヤドウ |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31325 |
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鳥取県八頭郡若桜町岩屋堂 |
鳥取県 |
八頭郡若桜町 |
岩屋堂 |
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1953-11-14 |
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地元所有の書上帳では、天正9年(1581)羽柴秀吉の鳥取城攻略の際に兵火をうけ、岩屋堂だけが残ったと伝えられる。八東川の支流吉川川に臨む岩窟内に建てられた懸造りの建物で、柱、舟肘木、正面の花頭窓、須弥壇周りなどの形式から、南北朝時代の建立と推定される。桁行3間、梁間3間で正面入母屋造、背面切妻造、妻入とち葺きである。 |
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https://www.town.wakasa.tottori.jp/soshikikarasagasu/kyoikuiinkai/1/5/591.html |
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310000 |
TP3100000460 |
鳥取県 |
三仏寺納経堂 |
サンブツジノウキョウドウ |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三徳 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三徳 |
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1904-02-18 |
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正面1間、側面1間の小さな祠で、もとは鎮守の小社であったものと思われる。春日造、柿板葺きの神社建築で、妻入りと平入りが合致して春日造となった初期を偲ばせる。堂の背面は岩壁に接しており、切妻となっている。鎌倉時代前期の建築と推定されている。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000470 |
鳥取県 |
三仏寺地蔵堂 |
サンブツジジゾウドウ |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三徳 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三徳 |
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1904-02-18 |
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本尊は子守延命地蔵菩薩。正面3間、側面4間で、屋根は入母屋造、柿板葺き、背面に軒唐破風をつけている。建物規模は、桁行3間、梁間4間、懸造で、柱の下から軒高14m50cm、棟高16m40cm余、周囲に勾欄のない濡縁がめぐる等、規模構造は文殊堂とほとんど変らない。平安時代の寝殿造を踏襲した手法とも考えられ、室町時代末期の建築と推定される。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000480 |
鳥取県 |
三仏寺文殊堂 |
サンブツジモンジュドウ |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三徳 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三徳 |
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1904-02-18 |
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文殊菩薩を本尊とし、正面3間、側面4間で、桁行7m90cm、梁間6m21cm、舞台造の柱下から軒高14m50cm、棟高16m40cm余、屋根は入母屋造、柿板葺き。一方を岩角に寄せた舞台造の建築である。寺伝によると地蔵堂とも嘉祥2年(849)慈覚大師の創建と伝えられるが、現在の建築は、内陣須弥壇の扉金具や勾欄宝珠柱の金具にある天正8年(1580)の陰刻から、天正前後のものと推定される。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000490 |
鳥取県 |
門脇家住宅主屋 |
カドワキケジュウタク |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31386 |
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鳥取県西伯郡大山町所子 |
鳥取県 |
西伯郡大山町 |
所子 |
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1974-02-05 |
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門脇家は、江戸時代に大庄屋を勤めた旧家である。主屋は明和6年(1769)の建築で、桁行22.2m、梁間16.5m。伯耆特有の寄棟造で、太い梁を縦横に高く組み上げた構えは、他に類をみない豪壮なものである。客間近くの湯殿、雪隠と茶室は、庭園と調和して大庄屋の風格を偲ばせる。保存もよく、本県の大型民家を代表するものである。また普請の記録は、建築史の考証上大変貴重なもの。 |
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310000 |
TP3100000500 |
鳥取県 |
大神山神社奥宮 |
オオガミヤマジンジャオクミヤ |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31386 |
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鳥取県西伯郡大山町大山 |
鳥取県 |
西伯郡大山町 |
大山 |
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1988-12-19 |
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平安時代後期の創建と伝えられるが、その後火災焼失、移転を繰り返し、文化2年(1805)に現在地で復興した。現在の建物は江戸時代後期を代表する神社建築。壮大な権現造で、拝殿と本殿を幣殿で結び、拝殿の左右には長い長廊がとりつく。内部は美しく彩色され、幣殿の格天井には華麗な華鳥人物が描かれている。北側少し下った所に、末社下山神社があり、これも奥宮同様、権現造となっている。 |
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310000 |
TP3100000510 |
鳥取県 |
大山寺阿弥陀堂 |
ダイセンジアミダドウ |
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重要文化財 |
国指定の建造物 |
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31386 |
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鳥取県西伯郡大山町大山 |
鳥取県 |
西伯郡大山町 |
大山 |
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1904-02-18 |
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寺伝に貞観7年(865)慈覚大師の創建といわれる。現在の建物は16世紀中頃、大洪水の後再建されたものだが、その際古材が使用されており、建築様式に鎌倉時代の様相をとどめている。西面しており、正面5間、側面5間、屋根は宝形造、こけら葺きの建築である。 |
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310000 |
TP3100000520 |
鳥取県 |
斎尾廃寺跡 |
サイノオハイジアト |
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特別史跡 |
国指定の社寺跡 |
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31371 |
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鳥取県東伯郡琴浦町槻下 |
鳥取県 |
東伯郡琴浦町 |
槻下 |
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1952-03-29 |
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中心伽藍のうち西に塔、東に金堂を配する法隆寺式の伽藍配置をとる廃寺跡で、塔、金堂の基壇、講堂の礎石が良好に残っているほか、中門や築地(回廊)と推定される高まりも一部で観察できる。指定地周辺の発掘調査で、東西160m、南北200mの区画溝が発見され、寺域もほぼ確定している。遺物には、瓦、瓦製鴟尾、せん仏、塑像などがあり、白鳳時代創建の山陰を代表する寺跡である。 |
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https://www.town.kotoura.tottori.jp/docs/2016030700061/ |
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310000 |
TP3100000530 |
鳥取県 |
船上山行宮跡 |
センジョウザンアングウアト |
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史跡 |
国指定の宮跡 |
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31371 |
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鳥取県東伯郡琴浦町山川 |
鳥取県 |
東伯郡琴浦町 |
山川 |
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1932-05-03 |
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船上山は古期大山の火山活動で誕生した山で、比高差100m以上、延長600mに及ぶ溶岩流による断崖絶壁が形成されている。隠岐を脱出した後醍醐天皇を奉じる名和長年と幕府側の合戦の際には、この絶壁が天然の要害となった。船上山は平安時代以来の山岳仏教の聖地で、今も約20の寺坊跡が比較的良好に残るが、元弘3年(1333)閏2月〜5月に置かれた天皇の行宮所の特定はできていない。 |
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310000 |
TP3100000540 |
鳥取県 |
伯耆一宮経塚 |
ホウキイチノミヤキョウヅカ |
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史跡 |
国指定の経塚 |
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31370 |
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鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内 |
鳥取県 |
東伯郡湯梨浜町 |
宮内 |
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1935-12-24 |
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東郷池東岸、倭文神社の東南尾根上に位置する。塚は直径16m、高さ約1.6mで、大正4年(1915)に塚の中央部から石槨が発見された。石槨は、輝石安山岩の平石で囲み、蓋石で覆った長さ1.2m、幅0.9m、高さ0.5mのもので、槨内に荒砂を敷き詰めていた。出土品(国宝)のうち、経筒の銘文から、僧京尊が慈尊の出現に備え、自他共の成仏を祈願して、康和5年(1103)に築いたものであることがわかる。 |
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310000 |
TP3100000550 |
鳥取県 |
布勢古墳 |
フセコフン |
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史跡 |
国指定の古墳 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市布勢 |
鳥取県 |
鳥取市 |
布勢 |
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1974-12-23 |
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湖山池東岸の丘陵上に立地する全長約60mの前方後円墳。後円部の直径30m、高さ5m、前方部の幅20m、高さ5mで原形をよく保っている。前方部周辺から埴輪片、土器片(須恵器)が採集されており、6世紀代築造と推定され、周辺の大熊段1号墳等とともに、古墳時代後期における因幡地方の有力首長墓の系列を形成する古墳として重要である。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000560 |
鳥取県 |
三明寺古墳 |
サンミョウジコフン |
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史跡 |
国指定の古墳 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市巌城 |
鳥取県 |
倉吉市 |
巌城 |
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1931-11-26 |
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向山丘陵の南側中腹に立地する6世紀末ないし7世紀初め頃の古墳。直径18m、高さ6mの円墳で、山陰地方最大級の横穴式石室をもつ。石室は切石造りの両袖式で、石室全長8.3m、玄室長3.7m、玄室高3.1mを測り、奥壁には巨大な一枚石を立てる。また、玄室の奥壁に接して、板石を組み合わせた石囲いがあり、熊本県等に類例の多い「石屋形」の蓋石の失われたものと考えられている。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4296.htm#h2impage9 |
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310000 |
TP3100000570 |
鳥取県 |
阿弥大寺古墳群 |
アミダイジコフングン |
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史跡 |
国指定の古墳 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市下福田 |
鳥取県 |
倉吉市 |
下福田 |
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1981-05-11 |
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高城山北麓の丘陵先端にある四隅突出型弥生墳丘墓群。1号墳は突出部を含めた一辺約18m、2号墳、3号墳は一辺約8〜9mで、丘陵斜面に並列している。出土した土器から、3基は弥生時代後期前葉に相次いで築造されたものと考えられる。山陰地方を中心として分布する四隅突出型弥生墳丘墓の中では、古い段階に位置付けられ、当時の墓制を考える上で重要な資料である。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4308.htm#00 |
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310000 |
TP3100000580 |
鳥取県 |
梶山古墳 |
カジヤマコフン |
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史跡 |
国指定の古墳 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市国府町岡益 |
鳥取県 |
鳥取市 |
国府町岡益 |
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1979-04-21 |
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切石積の整美な横穴式石室を特徴とする古墳時代後期(7世紀中葉)の古墳。石室は凝灰岩製で、玄室、玄関、前室、羨道からなり、全長約9.2m、前失の天井は玄室、羨道より一段高い、千代川右岸に特徴的な「中高式」。石室の奥壁に魚、同心円文、三角文等の赤黄色の彩色壁画が描いてある。発掘調査で、変形八角形墳で、前庭に石垣状の段をもつことが判明した。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000590 |
鳥取県 |
橋津古墳群 |
ハシヅコフングン |
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史跡 |
国指定の古墳 |
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31370 |
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鳥取県東伯郡湯梨浜町橋津 |
鳥取県 |
東伯郡湯梨浜町 |
橋津 |
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1957-06-03 |
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日本海と東郷湖の間の丘陵上に、5基の前方後円墳と19基の円墳が築造されており、馬ノ山古墳群とも呼ばれる。5基の前方後円墳のうち最大のものは古墳時代前期(4世紀中頃)に築かれた4号墳で、全長約100m、竪穴式石槨、円筒埴輪棺等の埋葬施設をもつ。竪穴式石槨からは三角縁神獣鏡、車輪石、石釧等副葬品が多数出土し、2号墳とともに、東伯耆最初期の前方後円墳と考えられている。 |
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310000 |
TP3100000600 |
鳥取県 |
北山古墳 |
キタヤマコフン |
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史跡 |
国指定の古墳 |
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31370 |
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鳥取県東伯郡湯梨浜町野花;長和田 |
鳥取県 |
東伯郡湯梨浜町 |
野花;長和田 |
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1980-06-03 |
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東郷湖の南岸に延びる北山丘陵の先端近くに立地。全長110m、後円部径70mで、山陰地方最大の前方後円墳。発掘調査で、後円部に竪穴式石槨(推定)と箱式石棺が確認され、石棺からは、人骨のほか龍虎鏡、刀、玉類等の副葬品が多数出土した。また、墳丘からは古墳時代中期前葉の各種埴輪片が多数採取されている。前期に橋津古墳群に始まった東伯耆の大型古墳の系列は、北山古墳で途絶える。 |
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310000 |
TP3100000610 |
鳥取県 |
向山古墳群 |
ムコウヤマコフングン |
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史跡 |
国指定の古墳 |
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31202 |
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鳥取県米子市福岡 |
鳥取県 |
米子市 |
福岡 |
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1932-07-23 |
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向山古墳群は、淀江平野南東端の独立丘陵を中心に築造された14基の古墳群で、5世紀後葉〜6世紀後葉に順次築造された。中でも向山3号墳、同4号墳、石馬谷古墳、岩屋古墳は、それぞれの時期における西伯耆の代表的前方後円墳で、当地域の首長墓の系譜を辿ることができる。また、石馬谷古墳出土と伝える石馬(国重要文化財)から北部九州と、岩屋古墳の石室構造(石棺式)から出雲地方との交流を窺うことができる。 |
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https://www.city.yonago.lg.jp/8420.htm |
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310000 |
TP3100000620 |
鳥取県 |
因幡国庁跡 |
イナバコクチョウアト |
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史跡 |
国指定の国庁跡 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市国府町中郷 |
鳥取県 |
鳥取市 |
国府町中郷 |
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1978-07-21 |
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因幡国庁跡は袋川中流域にひらけた国府平野中に立地する。発掘調査により5間×4間の両面庇付掘立柱建物や5間×2間の切妻型掘立柱建物等の遺構が発見された。中心的な遺構の年代は、出土した仁和2年(886)の墨書のある題簽,木簡などから、平安時代以降のものと考えられる。この他、石帯、硯、墨書土器等の遺物も出土している。史跡指定後、中心部分の公有地化、環境整備事業が行われた。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000630 |
鳥取県 |
伯耆国府跡 国庁跡・法華寺畑遺跡・不入岡遺跡 |
ホウキコクフアト コクチョウアト・ホッケジバタイセキ・フニオカイセキ |
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史跡 |
国指定の国庁跡他 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市国府 |
鳥取県 |
倉吉市 |
国府 |
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1985-05-14 |
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倉吉市西郊の丘陵上に立地し、伯耆国分寺が近接する。発掘調査で、溝により区画された外郭と、外郭域の中央部に位置する内郭(国衙政庁域)が確認された。内郭には正殿、後殿、脇殿等の建物をコの字形に配するが、8世紀後半〜10世紀に4期の変遷が認められる。一方、法華寺畑遺跡では、溝で区画された中央に並列する3棟の東西建物等を確認し、国庁に付属する役所か国分尼寺か議論がある。また、不入岡遺跡は官衙から倉庫群へ転換したものとみられ、伯耆の国直轄の税の集積施設と考えられている。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4308.htm#00 |
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310000 |
TP3100000640 |
鳥取県 |
大原廃寺塔跡 |
オオハラハイジトウアト |
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史跡 |
国指定の社寺跡 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市大原 |
鳥取県 |
倉吉市 |
大原 |
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1935-12-24 |
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竹田川右岸の丘陵上にある白鳳時代創建の寺院跡。出土した瓦から8世紀後半まで営まれたものと推定される。大正9年(1934)、開墾中に塔心礎が発見された。塔心礎は、長径2.9m、短径2.8mで、中央に直径65cmの孔があり、山陰最大級。近年の発掘調査で、塔基壇の一部(石列)が確認され、塔基壇は一辺約10mと考えられる。創建時の軒丸瓦と軒平瓦の文様は、奈良県川原寺の系統を引くもの。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4284.htm#00 |
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310000 |
TP3100000650 |
鳥取県 |
伯耆国分寺跡 |
ホウキコクブンジアト |
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史跡 |
国指定の社寺跡 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市国府;国分寺 |
鳥取県 |
倉吉市 |
国府;国分寺 |
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1974-03-12 |
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国府川左岸の丘陵上に立地する奈良時代創建の伯耆国の国分僧寺跡。寺域は東西約182m、南北約160mで、溝と土塁(南側は溝と築地塀)で画される。南門、金堂、講堂の伽藍中軸線があり、塔は東南隅に位置する。天暦2年(948)焼失。出土遺物は、多量の瓦のほか、風鐸、杖頭などで、創建時の軒丸・軒平瓦は伯耆国分寺特有の文様をもつほか、塔跡付近出土の風鐸はほぼ完形の稀な例である。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4308.htm#01 |
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310000 |
TP3100000660 |
鳥取県 |
栃本廃寺跡 |
トチモトハイジアト |
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史跡 |
国指定の社寺跡 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市国府町栃本 |
鳥取県 |
鳥取市 |
国府町栃本 |
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1935-12-24 |
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袋川の支流大石川の右岸段丘上に立地する白鳳時代に創建された古代寺院。柱孔、舎利孔をもつ塔心礎2基が約27.4m離れてあり、2塔を造立する古代寺院は山陰地方では珍しい。発掘調査により南塔・金堂が南北に並び、その北に講堂がややずれて配され、さらに金堂の東側にも東塔を配するという全国でも例のない伽藍配置が明らかになった。山間部の多雪地域であるためか堂塔は瓦を使用しない礎石建物であったと推測される。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000670 |
鳥取県 |
岩井廃寺塔跡 |
イワイハイジトウアト |
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史跡 |
国指定の社寺跡 |
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31302 |
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鳥取県岩美郡岩美町岩井 |
鳥取県 |
岩美郡岩美町 |
岩井 |
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1931-11-26 |
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蒲生川右岸の山裾に立地する白鳳期創建の廃寺塔跡。岩井小学校の玄関前に凝灰岩製の心礎が残っており、地元では「鬼の腕」と呼ばれている。心礎は、長径3.64m、上面に一辺1.4mの正方形の柱座が造りだされ、その中央に直径77.5cmの柱孔がある。さらに、柱孔の底には直径20cmの舎利孔が穿たれている。平安時代に当寺から遷座したとされる木造薬師如来立像(国重要文化財)が、岐阜県延算寺にある。 |
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310000 |
TP3100000680 |
鳥取県 |
土師百井廃寺跡 |
ハジモモイハイジアト |
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史跡 |
国指定の社寺跡 |
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31329 |
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鳥取県八頭郡八頭町土師百井 |
鳥取県 |
八頭郡八頭町 |
土師百井 |
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1931-11-26 |
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霊石山から南東に延びる丘陵上に立地する。以前から一辺16mの塔基壇が知られていたが、昭和53、54年の発掘調査で、金堂、講堂、回廊、中門等の中心伽藍が確認され、白鳳期創建の寺院跡であることが判明した。東に塔、西に金堂を配する法起寺式の伽藍配置をとる。特に、塔跡は心礎のほか礎石16個が原位置を保つなど、地方における白鳳期の寺院様式をみる上で重要とされる。 |
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310000 |
TP3100000690 |
鳥取県 |
福市遺跡 |
フクイチイセキ |
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史跡 |
国指定の住居跡 |
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31202 |
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鳥取県米子市福市 |
鳥取県 |
米子市 |
福市 |
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1970-10-17 |
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米子市南郊の丘陵地帯にある古墳時代の集落跡と墳墓群。宅地造成等が計画されたことから熱心な遺跡保存運動が行われ、一部が国指定史跡として保存された。史跡指定地内では、発掘調査によって竪穴住居跡90棟、土擴墓26基等の遺構を確認した。現在は、遺構は埋めもどされて史跡公園となり、市民の憩いの場となっているほか、多数の出土品は、福市考古資料館に保管展示されている。 |
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https://www.city.yonago.lg.jp/8420.htm |
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310000 |
TP3100000700 |
鳥取県 |
青木遺跡 |
アオキイセキ |
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史跡 |
国指定の住居跡・古墳 |
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31202 |
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鳥取県米子市青木;永江 |
鳥取県 |
米子市 |
青木;永江 |
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1978-03-22 |
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日野川左岸の長者原台地に営まれた弥生時代中期〜奈良時代の集落跡を中心とする複合遺跡。発掘調査で竪穴住居跡約130棟、掘立柱建物跡約240棟のほか、古墳、方形周溝墓、縄文時代の落し穴などの遺構が多数発見された。特に集落跡は、隣接の福市遺跡とともに山陰地方を代表するもので、出土した土器は西伯耆の土器編年の指標となっている。一部が公有化され史跡公園として整備されている。 |
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https://www.city.yonago.lg.jp/8420.htm |
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310000 |
TP3100000710 |
鳥取県 |
鳥取城跡附太閤ヶ平 |
トットリジョウアトツケタリタイコウガナル |
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史跡 |
国指定の城跡 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市東町;栗谷町;百谷;円護寺 |
鳥取県 |
鳥取市 |
東町;栗谷町;百谷;円護寺 |
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1957-12-18 |
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鳥取城は、久松山を利用した典型的な山城で、16世紀中頃の築城と伝えられる。頂上の山上の丸を本丸とし、山麓に山下の丸を設けた古い山城の形式を近世大名の居城として江戸時代を通じて維持しており、日本の城郭史上注目すべき遺構である。太閤ヶ平は、久松山の北東にあり、本陣山とも呼ばれる。羽柴秀吉が鳥取城を攻めたときに、ここに本陣を置いたためで、土塁や空堀がほぼ完存する。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000720 |
鳥取県 |
鳥取藩主池田家墓所 |
トットリハンシュイケダケボショ |
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史跡 |
国指定の墳墓 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市国府町奥谷;宮下 |
鳥取県 |
鳥取市 |
国府町奥谷;宮下 |
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1981-10-13 |
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鳥取藩主池田家の初代光仲から11代慶栄に至る歴代藩主と妻子らの墓所。大小各種75基の墓と多数の石灯篭が整然と配されている。藩主の墓は、凝灰岩の玉垣を巡らした中に3段の台石を置き、さらに、亀趺と呼ぶ亀形の台石に円頭偏平な墓碑をのせた壮大なもの。台石、墓碑とも御影石で、墓碑には原則として号のみを刻む。近世大名家の葬制及び墓制の階層制を知ることができる貴重な遺跡である。 |
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https://www.pref.tottori.lg.jp/dd.aspx?menuid=82398 |
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310000 |
TP3100000730 |
鳥取県 |
伊福吉部徳足比売墓跡 |
イフキベトコタリヒメハカアト |
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史跡 |
国指定の墳墓 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市国府町宮下 |
鳥取県 |
鳥取市 |
国府町宮下 |
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1924-12-09 |
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岩常山から国府平野に延びる標高約100mの尾根上に立地する。墓は、2枚の凝灰岩製切石(円孔のある方が蓋石)と、その中に納められていた青銅製の骨蔵器からなる。安永3年(1774)に発見され、骨蔵器は東京国立博物館に収蔵、重要文化財となっている。骨蔵器の蓋に徳足比売が文武天皇に仕え、和銅3年(710)に火葬された旨の墓誌銘が陰刻されており、8世紀代の墓制を考える上で重要である。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000740 |
鳥取県 |
小鹿渓 |
オジカケイ |
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名勝 |
国指定の渓谷・渓流 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町神倉;中津 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
神倉;中津 |
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1937-12-08 |
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標高360mの丹戸付近から標高540mの中津ダム付近まで延長約3kmの渓谷。滝や渕、巨岩等の奇勝21景中、「男渕」、「女渕」等は好景勝地。形成は、氷期の海退に伴う浸食力の復活で、黒雲母花崗岩や岩脈の閃緑岩等が選択的浸食をうけた結果で、地学的に貴重。また植層では、夏季でも冷気塊が滞留するほか深雪地のため、特に低温帯渓谷林が発達し、三徳山自然林とも連続して、オオサンショウウオの生息と共に学術的にも貴重である。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000750 |
鳥取県 |
観音院庭園 |
カンノンインテイエン |
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名勝 |
国指定の庭園 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市上町 |
鳥取県 |
鳥取市 |
上町 |
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1937-12-21 |
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観音院はもと市内栗谷にあったが、藩主池田光仲の備前岡山からの転封に際し、元禄の末年にこの地に移った。庭園はそのころ築造されたと考えられている。書院の東から西へ下降する自然の傾斜地を築山として利用した池泉観賞式で、庭の半分を池に、半分を大きく築山とし、池中に楕円形の低い中ノ島を浮かべた庭園である。地元自生の植物を上手に利用しており、京都風庭園の地方化したものの適例とされている。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000760 |
鳥取県 |
尾崎氏庭園 |
オサキシテイエン |
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名勝 |
国指定の庭園 |
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31370 |
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鳥取県東伯郡湯梨浜町宇野 |
鳥取県 |
東伯郡湯梨浜町 |
宇野 |
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1937-12-21 |
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尾崎氏はこの地方の旧家。作庭に関する史料はないが、手法から江戸時代中期末葉の作庭と推定される。小池泉観賞式の庭園で、向かって左手の入り込みに枯滝石組として三尊形式配石を用い、江戸中期の特徴をしめす。また、右手前角に自然石の手水鉢を配し、これを景観の主体としている。植栽は、クロマツやソテツの古木が顕著で、サツキ、モッコク等30種類近くあり、茅葺き主屋の書院と調和して美しい景観を形成している。この庭園を保護するために、住宅敷地の全体と、庭園の南及び東を限る築地塀越しに眺望可能な山の範囲が併せて追加指定され、一体とした保護が図られている。 |
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310000 |
TP3100000770 |
鳥取県 |
三徳山 |
ミトクサン |
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名勝及び史跡 |
国指定の山岳仏教遺跡 |
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31364 |
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鳥取県東伯郡三朝町三徳 |
鳥取県 |
東伯郡三朝町 |
三徳 |
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1934-07-07 |
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三徳山は、標高約900mで、上部は安山岩溶岩、下部は凝灰角礫岩からなる。後者では、選択浸食の結果、洞窟や奇岩、絶壁、滝などの奇勝を形成。山麓から山頂部まで連続する大自然林は、イヌワシやブッポウソウの生息と相まって、名勝地を構成。一方、投入堂を中心に、峻険な尾根に納経堂、地蔵堂、文殊堂等が並び、山麓に三仏寺本堂等が建つ。以上は、収蔵の仏像群とともに、平安時代以来栄えた修験道の史跡として貴重である。 |
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http://www.town.misasa.tottori.jp/~misasa01/youran2010/culture/cultural.html |
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310000 |
TP3100000780 |
鳥取県 |
浦富海岸 |
ウラドメカイガン |
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名勝及び天然記念物 |
国指定の海浜・海食 |
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31302 |
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鳥取県岩美郡岩美町浦富;牧谷;田後;網代;大羽尾;小羽尾;陸上 |
鳥取県 |
岩美郡岩美町 |
浦富;牧谷;田後;網代;大羽尾;小羽尾;陸上 |
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1928-03-27 |
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東は県境から西は網代に至る海岸の総称で、山陰海岸国立公園の一部。リアス式沈水海岸で、海食地形と砂浜海岸が交互し、変化に富んだ海岸美を形成。主に花崗岩からなるが、東部の羽尾や陸上の岬の凝灰角礫岩層は、断層により花崗岩と接する。西部では花崗岩の節理や断層にそって海食が進み、波食窪、洞窟、洞門、離島群等の典型的な海食地形が発達し、優れた景勝を展開しており、学術的にも貴重である。 |
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310000 |
TP3100000790 |
鳥取県 |
大山のダイセンキャラボク純林 |
ダイセンノダイセンキャラボクジュンリン |
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特別天然記念物 |
国指定の植物 |
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31386 |
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鳥取県西伯郡大山町大山大山山頂付近 |
鳥取県 |
西伯郡大山町 |
大山 |
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大山山頂付近 |
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1952-03-29 |
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大山の9合目から頂上の間にある北西側の約8haの緩斜面に、約3.5haの大群落が自生する。キャラボクの群落としては日本最大で、学術的に貴重なものである。キャラボクは、イチイ科の1〜2m位の低木で、幹は斜面に沿って地面を這い、枝張りは10m以上に及ぶ扇状を呈する。樹齢は400〜500年になるものもあると推定される。周辺斜面の自然崩落に伴う群落の保護が課題となっている。 |
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310000 |
TP3100000800 |
鳥取県 |
オオサンショウウオ |
オオサンショウウオ |
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特別天然記念物 |
国指定の動物 |
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地域を定めず |
鳥取県 |
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1952-03-29 |
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岐阜県以西の西日本に分布する世界最大級の両生類。終生を水中で過ごし、主にサワガニ、カエル、魚などの他、時にはヘビなども食べる。繁殖期(夏)には、ふだんの生息場所より上流に移動し、そこに産卵巣をつくる。体長60cm内外のものが多いが、ときに1mを超えるものもある。寿命は長く、100年以上に及ぶものもいる。県内では日野川、天神川水系を中心に広く生息しており、生息環境を保全していくことが大切である。 |
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310000 |
TP3100000810 |
鳥取県 |
倉田八幡宮社叢 |
クラタハチマングウシャソウ |
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天然記念物 |
国指定の植物 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市馬場 |
鳥取県 |
鳥取市 |
馬場 |
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1934-05-01 |
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千代川右岸、鳥取平野の中ほどに位置するタブノキを中心とする約1haの照葉樹林。タブノキが7〜8割を占めるが、他にエノキ、ムクノキ、スダジイ等の巨木も多い。特に、社殿東方のイチョウの大木は、6個体が融合して胸高直径は3.5mに達し、根元周囲約10mもある。山陰地方平野部の低湿地を代表する自然林を残す森として学術的に貴重である。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000820 |
鳥取県 |
大野見宿禰命神社社叢 |
オオノミノスクネノミコトジンジャシャソウ |
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天然記念物 |
国指定の植物 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市徳尾 |
鳥取県 |
鳥取市 |
徳尾 |
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1934-08-09 |
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大野見宿禰命神社は千代川左岸の独立丘陵上に立地する。社叢は「徳尾の森」とも呼ばれ、スダジイ、モチノキ、タブノキ等からなる。このうち、モチノキが全体の3分の2を占め、比較的大きなものだけでも500本に達する。モチノキが多い社叢はあまり例がない上、鳥取平野に残された典型的な照葉樹林として学術的な価値が高い。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000830 |
鳥取県 |
白兎神社樹叢 |
ハクトジンジャジュソウ |
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天然記念物 |
国指定の植物 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市白兎 |
鳥取県 |
鳥取市 |
白兎 |
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1937-12-08 |
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「因幡の白兎」の伝説で有名な白兎海岸沿いの小丘上にある。海風の直接の影響を受ける北側斜面にクロマツ林、その他の高地にクロキのかなり混じるスダジイ・モチノキ林、不増不滅の池周辺の低地にタブノキ林などの暖地性樹木が群生しており、日本海海岸部の植物分布を示す点で貴重である。また、スダジイやモチノキには幼樹や稚樹も多く見られ、自然の状態がよく保全されていることがうかがわれる。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000840 |
鳥取県 |
松上神社のサカキ樹林 |
マツガミジンジャノサカキジュリン |
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天然記念物 |
国指定の植物 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市松上 |
鳥取県 |
鳥取市 |
松上 |
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1944-03-07 |
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松上集落の南側の尾根にある神社社叢の一部。社叢の周辺や尾根筋にスダジイ・モチノキ林、谷部にウラジロガシ・サカキ林が分布している。サカキが多いことを特徴とするが、社叢全体としても自然性が高い。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000850 |
鳥取県 |
波波伎神社社叢 |
ハハキジンジャシャソウ |
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天然記念物 |
国指定の植物 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市福庭 |
鳥取県 |
倉吉市 |
福庭 |
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1934-05-01 |
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天神川左岸の丘陵上に位置する。高木ではスダジイが8割以上を占め、胸高直径1.5m、高さ20m以上に及ぶものが密生している。タブノキ、クロキも混生する常緑広葉樹林で、スダジイ、タブノキには幼樹、稚樹も多くみられ、よく保全された極盛相を呈している。境内には県指定の福庭古墳がある。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4284.htm#01 |
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310000 |
TP3100000860 |
鳥取県 |
唐川のカキツバタ群落 |
カラカワノカキツバタグンラク |
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天然記念物 |
国指定の植物 |
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31302 |
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鳥取県岩美郡岩美町唐川 |
鳥取県 |
岩美郡岩美町 |
唐川 |
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1944-03-07 |
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稲葉山(宇倍野山)の東側に連なる高原の中の標高約380mに位置するおよそ1haの湿原には、野生のカキツバタを中心にしてさまざまな湿原植生が発達しており、地元唐川の人々によく保護されてきた。初春のサワオグルマの黄色、初夏のカキツバタ、秋のサワギキョウの紫色と、四季に移り変わる景観は美しい。また、湿原にはモウセンゴケなどの食虫植物や多様な湿原植物も多く、学術的にも貴重である。 |
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310000 |
TP3100000870 |
鳥取県 |
伯耆の大シイ |
ホウキノオオシイ |
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天然記念物 |
国指定の植物 |
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31371 |
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鳥取県東伯郡琴浦町宮場 |
鳥取県 |
東伯郡琴浦町 |
宮場 |
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1937-04-17 |
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春日神社境内の高台から斜面にかかる位置に繁茂しており、樹高約15m、目通り約9.7m、胸高直径約3m、枝張りは東西27.5m、南北21.6mで、枝張りの総面積は約660平方メートルにもなる。スダジイは主に暖地の常緑高木で、県内でも寺社の樹叢を構成する主要木となっている。このため、老木が多いが、この大シイは樹勢もよい。巨樹として全国でも代表的なもので、「日本の巨樹名木百選」にも選ばれている。 |
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https://www.town.kotoura.tottori.jp/docs/2016030700061/ |
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310000 |
TP3100000880 |
鳥取県 |
船通山のイチイ |
センツウザンノイチイ |
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天然記念物 |
国指定の植物 |
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31401 |
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鳥取県日野郡日南町上萩山船通山 |
鳥取県 |
日野郡日南町 |
上萩山船通山 |
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1957-07-27 |
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船通山は島根県との県境に位置する標高1,142.5mの山で、イチイは鳥取県側の9合目(1,000m付近)の斜面にある。幹の径は約4.3m、斜面をはって伸びる枝は20m以上ある。積雪と強風のためか、扇状に地表を覆って繁茂している。イチイは、柔らかい針葉をもち、常緑・雌雄異株で、本例は雌木。近くに雄木もある。老樹巨木として有数であり、学術上価値が高い。 |
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https://www.town.nichinan.lg.jp/soshikikarasagasu/kyoikuka/bunkazai/380.html |
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310000 |
TP3100000890 |
鳥取県 |
鳥取砂丘 |
トットリサキュウ |
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天然記念物 |
国指定の地質・植物 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市浜坂;福部町湯山 |
鳥取県 |
鳥取市 |
浜坂;福部町湯山 |
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1955-02-03 |
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鳥取市の北方に発達した東西16km、南北2kmの海岸砂丘の一部で、大きな起伏と「スリバチ」と呼ばれる凹地地形など全国の海岸砂丘に例のない雄大な景観を見せる。また、風の吹いた直後、砂丘の表面には、さざなみ状の模様「風紋」が現れる。飛砂や堆砂等の変化に適応して生育するコウボウムギ、ハマゴウなどの砂丘植物の群落もみられるが、近年、外来植物の侵入による砂丘の草原化が問題となっている。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000900 |
鳥取県 |
キマダラルリツバメチョウ生息地 |
キマダラルリツバメチョウセイソクチ |
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天然記念物 |
国指定の動物 |
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31201 |
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鳥取県鳥取市東町1-103長田神社;栗谷町10興禅寺;上町87樗谿公園 |
鳥取県 |
鳥取市 |
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1934-05-01 |
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シジミチョウ科の小型の蝶。県内では、明治30年代に鳥取市久松山麓の樗谿で採集、発見された。キマダラは羽の裏の模様、ルリは羽の表の色を指し、ツバメは尾状の突起が2本あるため、この名がある。日本(本州)、朝鮮半島南部に生息し、6月下旬〜7月に見られる。幼虫の時期、ハリブトシリアゲアリから餌をもらいながら過ごすことを特徴とする。 |
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https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1559697932871/index.html |
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310000 |
TP3100000910 |
鳥取県 |
柴犬 |
シバイヌ |
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天然記念物 |
国指定の動物 |
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地域を定めず |
鳥取県 |
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1936-12-16 |
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日本に広く飼育されている小型日本犬。体高35〜41cm、赤色硬毛で、古くから兎、鳥などの狩猟犬として、また番犬として利用されてきた。長野、山梨、岐阜、福井の諸県から山陰の山地帯に多い。主産地の名をとり、信州柴犬、美濃柴犬、山陰柴犬などと呼ばれる。鳥取県内でも、山陰柴犬育成会などにより保護されており、年に2回ほど鑑賞会等が開催されている。 |
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310000 |
TP3100000920 |
鳥取県 |
イヌワシ |
イヌワシ |
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天然記念物 |
国指定の動物 |
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地域を定めず |
鳥取県 |
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1965-05-12 |
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日本国内に生息する陸鳥中、最大最強の猛禽である。頭部と後頚の羽毛は黄赤色で、柳の葉に似た形をしている。顔は褐色、背面は紫の光沢のある濃褐色で、羽の縁は淡い。翼と尾は黒褐色で尾羽には2、3個の灰色帯がある。腹面は黒褐色で、腿は赤みを帯びる。広い範囲の餌場が必要なため、県内では鳥取市佐治町、若桜町、大山などにわずかな数の生息が確認されているのみである。(写真は、生後75日頃の幼鳥) |
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310000 |
TP3100000930 |
鳥取県 |
マガン |
マガン |
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天然記念物 |
国指定の動物 |
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地域を定めず |
鳥取県 |
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1971-06-28 |
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マガンは北極圏で繁殖し、冬季には温帯南部に渡って越冬する渡り鳥。かつて日本各地に数多く渡来していたが、狩猟と生息地の減少により、個体数が急減した。県内の湖沼にもごく少数が飛来していたが、最近は、米子市彦名での越冬個体が大幅に増加した。つがいまたは家族群が単位で行動し、外敵に対する警戒心が強いことで知られる。「カハハン、カハハン」という鳴き声を聞いたり、雁行で飛ぶ姿を見る機会も復活してきた。 |
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310000 |
TP3100000940 |
鳥取県 |
ヒシクイ |
ヒシクイ |
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天然記念物 |
国指定の動物 |
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地域を定めず |
鳥取県 |
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1971-06-28 |
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ユーラシア大陸北部及びグリーンランドで繁殖し、冬季はヨーロッパ中・南部や東アジアに渡る。東アジアでは日本列島、朝鮮半島、中国大陸東南部で越冬する。かつては、日本には数多く渡来し、各地で越冬していたが、狩猟と生息地の減少のため個体数が激減した。県内では、米子市彦名干拓地や気高町水尻池周辺で観察される。ヒシクイの名は、ヒシの実をよく食べることから付けられたという。 |
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310000 |
TP3100000950 |
鳥取県 |
ヤマネ |
ヤマネ |
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天然記念物 |
国指定の動物 |
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地域を定めず |
鳥取県 |
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1975-06-26 |
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日本固有種で、体長8cm前後の樹上生活性の小獣である。一見リスに似ているがリスよりもはるかに小さく、四肢が短い。大きさではハツカネズミに近い。体毛は非常になめらかで、背面は淡い褐色であるが、頭頂から尾の基部にかけてあざやかな太い黒縦帯が通る。腹面は淡いねずみ色である。おもに森林に棲み、冬季には冬眠する。夜行性で昼間は樹の洞穴などで眠る。県内では大山町、若桜町、八頭町などで確認されている。 |
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310000 |
TP3100000960 |
鳥取県 |
オジロワシ |
オジロワシ |
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天然記念物 |
国指定の動物 |
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地域を定めず |
鳥取県 |
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1970-01-23 |
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ユーラシア大陸の北部に広く分布し、極北部のものは南下して越冬する。日本では、北海道で少数が繁殖する。樹上に営巣し、3〜4月に産卵する。冬に日本列島の各地で見られ、まれに九州、沖縄に南下することもある。全長80〜95cm、翼開長180〜230cm。体は褐色、尾は白色で短いくさび形。海岸や大きな湖沼の近くに棲み、魚やカモなどの鳥を捕食する。県内では、米子水鳥公園の他、水尻池、湖山池、千代川などで冬季に見られる。 |
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310000 |
TP3100000970 |
鳥取県 |
倉吉の鋳物師[斎江家]用具及び製品 |
クラヨシノイモジ[サイゴウケ]ヨウグオヨビセイヒン |
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重要有形民俗文化財 |
国指定の生産・生業 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市仲ノ町3445-8番地倉吉博物館・倉吉歴史民俗資料館 |
鳥取県 |
倉吉市 |
仲ノ町 |
3445-8番地 |
倉吉博物館・倉吉歴史民俗資料館 |
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1985-04-19 |
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斎江家は、寛永3年(1626)創業と伝えられる山陰きっての鋳物師で、昭和10年代まで伝統的な鋳造法を長く守ってきた。現存するのは、鋳造のための材料調整用具、型づくり用具、鋳込み用具、仕上げ用具、製品、販売関係資料、信仰・儀礼用具、鋳物師職許状、鋳物師座法之掟などの関係文書で、計1,624点を数える。これらの資料は、鋳物製作用具と製品の資料として質・量ともに極めて優れている。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4313.htm#00 |
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310000 |
TP3100000980 |
鳥取県 |
鳥取県谷畑遺跡出土祭祀遺物 |
トットリケンタニハタイセキシュツドサイシイブツ |
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重要文化財 |
国指定の考古資料 |
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31203 |
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鳥取県倉吉市仲ノ町3445-8番地倉吉博物館・倉吉歴史民俗資料館 |
鳥取県 |
倉吉市 |
仲ノ町 |
3445-8番地 |
倉吉博物館・倉吉歴史民俗資料館 |
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1996-06-27 |
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鳥取県倉吉市の谷畑遺跡から出土した古墳時代後期の集落内祭祀の祭祀遺物である。谷畑遺跡は国府川近辺の丘陵に挟まれた谷地形に立地しており、出土した祭祀遺物は総数441点にものぼる。この祭祀遺物は、大きく土製模造品・小形土器類・玉類(石製・土製)に分けられ、この内特徴的なものは「人形」「動物形」「鏡形」「竃形」などで多様な形態が見られる。祭祀関係遺物は、偶然の機会に発見されることが多い中、谷畑遺跡では発掘調査中に出土しており、その量の多さ、種類の多様さ等から資料的価値は高い。 |
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https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4308.htm#03 |
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310000 |
TP3100000990 |
鳥取県 |
上淀廃寺跡 |
カミヨドハイジアト |
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史跡 |
国指定の社寺跡 |
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31202 |
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鳥取県米子市福岡 |
鳥取県 |
米子市 |
福岡 |
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1996-03-29 |
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7世紀末〜11世紀の寺院跡で、11世紀頃に火災で焼け落ちたと考えられている。発掘調査の結果、金堂跡・塔跡等が見つかっており、特に金堂跡からは、法隆寺と並ぶ国内最古の仏教壁画が見つかっている。また、金堂の東側に3塔が南北に並ぶ伽藍配置は、他に例を見ない。本尊を安置する建物である金堂は、寺院の中心的な建物で、その規模は、南北12.4m、東西14.6mである。出土した塑像の破片や壁画の破片等から堂内には、多数の仏像が安置され、壁に仏教壁画が描かれていたことが推測される。塔の基壇の規模は、10m四方で、瓦積みの外側に石列を巡らし、その規模から三重塔だったと考えられている。また、背後の丘陵上には、寺院を建立したと考えられる大型建物が発見されている。 |
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https://www.city.yonago.lg.jp/11895.htm |
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310000 |
TP3100001000 |
鳥取県 |
妻木晩田遺跡 |
ムキバンダイセキ |
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史跡 |
国指定の集落跡 |
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鳥取県米子市淀江町福岡;西伯郡大山町妻木;長田;富岡 |
鳥取県 |
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1999-12-22 |
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鳥取県西部、西伯郡大山町・米子市淀江町に所在する国史跡妻木晩田遺跡は、弥生時代後半(1〜3世紀)に営まれた大規模な集落跡である。ここには約300年間の人々の生活の痕跡が残されており、竪穴住居跡約400棟、高床倉庫などの掘立柱建物跡約500棟の他、当時、村を治めていたと考えられる首長層の墓などが発見されている。また、一度に16haにおよぶ広範囲が発掘されたことで、当時の集落の広がりや、村の構造、さらに自然科学的な分析によって、当時の植生等、周囲の景観をうかがうことも可能になった。妻木晩田遺跡が最盛期を迎える2世紀は、中国の歴史書『魏志倭人伝』が記す倭人の時代である。雄大な日本海に面した丘の上に集落が広がる情景は、『倭人伝』の冒頭に描かれた「倭人は帯方東南の大海の中にあり、山島によりて国邑をなす」という一文を彷彿とさせる。 |
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https://www.mukibanda.jp/ |
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